自立


誰かに頼ったり甘えたりということを、
簡単にしてはならない、
自立は大人として望ましい状態。

こういう類の観念が
私を律するルールの中にあります。

なんでも自分で、出来るように。
しっかり自分で立てるように。

いつからそんなふうに思うようになったのか
記憶にもありませんが、
もしかすると
教育の賜物かもしれません。

いずれにせよ、
そんな固定観念が
自分の中にあることを思い知ったのは
花を通じてでした。

紀伊上臈ほととぎすを
壺にいれようと
四苦八苦していた際です。
どうも、思うところに留まってくれません。

茎は細く長くしなり、
大きな細長い葉っぱに
鈴なりの花。

他の枝に乗せ
引っ掛けるようにして
采配するのですが、
花や葉の重さに負け、
あらぬ方向に回ってしまいます。
やっと留まったと思っても自然に見えなく、
ため息が出ました。

何かがいけない。
何かが本質を外している。
だからどんなに尽力しても留まらない。

ふと思い立って
大きなススキに
重さを預けることを頼って
寄り掛かったところ、
先程までの杞憂が嘘のように晴れ
ただ入れるだけで
綺麗に納まってくれました。

蔓物もそうですが、
茎に対して葉や花が重い物など、
独立して立つことに
向いていない植物は、
何か頼れる枝に寄り掛かるか、
もしくは軽く巻き付けて使用するのが
正解なのです。

こんな簡単なことなのに
頭が固くなっていて
すぐには思い浮かびもしませんでした。

他人から見れば、
わざわざ書くようなこと?と
思われても仕方ない程、
単純な理屈に違いありません。
けれど、このことは
深く胸に刺さりました。

強い人は、自分の力で立てるでしょう。

けれど、それが叶わない弱い者は
しっかりした人に身を預け
頼ることが必要な事もあるように、
自立が絶対的に正しいとは
限らないのです。

一人で立ちたい人は、一人で立とう。
一人で立てる人も、苦しいときは何かに縋ろう。
一人で立てない人は、誰かを頼ろう。

自分が価値を置くことと
反対の状態には
つい否定したくなるのが人の常なのですが、
頼らなければ
あの上臈ほととぎすのように
性分の良さを
生かすことのできない物もあります。

上手に頼ることも必要なんだなぁと
花に教わった一日でした。


20160602.jpg



花: 穂咲きななかまど 昼顔 山帰来
器: 虎竹 花籠



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