雑草考 その2


雑草、とか
そのへんに咲いている花、とか
路傍の草花を指して
人は言います。
庭のお掃除の際に
「その雑草抜いて」などと言う時は
抵抗なく口にするのですが、
人は勝手なもので、
その雑草を
いざ器に入れようと望む際には
このような呼称にどうも
引っかかりを感じます。

どこにでも咲いている花も
器に入れるとそれなりに見えますね、
などと言われると
全く喜べないのです。

そのへんの草って、なんだろう。
ぺんぺん草も牡丹も、花であることに変わりはないなぁ、と。

事実は一つ。
そこに、花が、咲いている。

生命力逞しく
空き地に旺盛に咲く草花は
どこにでも生えていて
邪魔でもあり、
雑草と呼ばれ、踏みつけられます。

誰かが手間と時間を掛けて育てた花を、
自分の自由の対価であるお金を支払って、
花屋から大事に抱えて帰る人もいます。

そうかと思うと
都会の花屋では
山に野放図に生えている草木の
枝の暴れ方がが素晴らしいからと、
ぎょっとする値段で売られています。

その時、その人が、
一本の草花に何を見るかという
意識の違いだけで、
花はおかまいなく
ただ咲いているのみです。

昭和天皇は、
「雑草いう名の植物は存在しない」と
仰ったとのこと。

平素、どのようなことに
心を砕いていれば
このような言葉を発するに至られるのかと、
いろんなことに思いは巡って
ため息が出てしまいます。

人は、自分の都合で
物事を判断する。
それは永劫変わらないのでしょうが、
いかなる時も
唯一の正解などないことを
忘れてないでいようと思います。


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花: 田平子
器: 胡銅下蕪長頸華瓶(江戸期)

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