雨水 末候:草木萠動(そうもくめばえいずる)


今時分の草木が萌芽する頃、
野や山から枝を手折って持ち帰ると、
葉やつぼみが開くまで
それが何の木なのか
わからないことがあります。

暖かい部屋の中で
日一日とふくらんでくる芽を見守っていると
お腹の底で小人が踊っているかのような
嬉しさがこみ上げて来ます。

つぼみがほころんで、
「あなたはヒュウガミズキさんでしたか!」
などと正体がわかると、
この花をこの器にと取り合わせを考え
いそいそといければそれで終わり…
ではありません。

その前を通るたびに
「何かが違うな」と
違和感を感じることは
実は、しばしばあります。

それを放っておいても
気分が悪いだけなので、
花の取り合わせや
器を替えることは良くあることなのですが、
草木の「向き」を変えることが
一番多いように思います。

草木が一番姿良く見えるようにいれることよりも、
自分で採取してきたという
「思い入れ」や
「こう入れたい」という欲求のようなものが
凌いだ結果なのだと思います。

もちろん、「留める技術」の未熟も
大いに影響します。
なげいれの花は
剣山など強く固定する花留めを用いないからです。


このヒュウガミズキの小枝も、
両手を伸ばし
手のひらを開いて
空気をすくうかのように
一旦は
前倒しに入れてみましたが、
何度調整してみても
どうも煩く思えましたので
まっすぐに入れてみたところ、
平凡ではありますが
心穏やかに見られるようになりました。




20160229.jpg



花: ヒュウガミズキ クリスマスローズ
器: 手付唐物籠写

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