はじめてのなげいれ その2


木を見て森を見ず、という言葉があります。

わたくしのイメージですが、
なげいれの花を入れる際の姿勢としては、
まず森を見て、次に木を見る。
そして木の子枝を見て、
孫枝も見る、です。

どういうことかと言うと、
大枝を丸ごといかして
籠や壷に入れることができるならば、
その中から一番良いと思うところを
クローズアップして見出して切り、
一輪挿しに入れるに至れる
と思うからです。

その逆も同じように出来るかというと、否。
小枝から始まると
小枝しか使えないままになりがちです。

何故ならば、小枝を扱うことは
物事の集約、凝縮に当たるからです。

大きな世界を身の内に入れ込んでもいないのに
凝縮するベースになる大元がないままでは
集約も何も、あったものではありません。
ただ小さな花を入れるだけで
その小さな世界の中で生きるしかありません。

もちろんそれが悪い事ではなく、
その人の生まれ持った「分」もあるでしょう。
そして、大枝を扱う努力をせずとも
産まれながらに一見の元に、
大海から美味しい所を掴む能力を持つ人もいます。

同時に、大枝を扱うには
それに相対するパワーを必要とします。
そして、一歩、二歩。
場合によっては何メートルも離れて引いて見て
遠景を望む目も必要です。

葉がいっぱいついていれば
日光を浴びた面ははっきりしていて、
器の中でどの角度にあるべきか、
枝が教えてくれます。

そこに向かって、
花留めを工夫すれば良いだけです。

ただ、大枝となると
器も鶴首の小さな物というわけにはいかず、
大きめな器であることが多いです。

その大きめな器が
口の広い皆口の器であることも多いです。

例えば直径10cm程開口部がある壺に
直径1cmに満たない枝を入れて
作為もせずに留める、となると
宇宙空間に箸を立てるが如しで、
どこかに引っかかるまで倒れて、
自然に留まる以外ありません。

大抵の場合は、
器の口が一か所と
枝元と器が中で接している所との
最低二か所が決まって
留まるわけですが、
作為なく留まった場所が
丁度良い按配であることが
どれだけあるかというと
正直、稀です。

なので、
美しく見える角度に
どのように枝を留めるのか
努力を凝らすわけですが、
そのさまざまな工夫が
その人の技術となり実力となります。

花をいかすことを覚えたければ、
枝をちまちまと切り込まず、
なるべく丸ごと
大枝を使うことから始めるのが
最良だと思います。

そして、
重力に反して留めるということを
試行錯誤することで、
見えてくる何かがあります。


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花: 昼顔 黄金葉下野 都忘れ 香草 木苺 山紫陽花(七段花) 矢車草 令法
器: 唐物手付籠


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