昨日の茶話の続き


黒澤明監督「白痴」は
ドストエフスキー原作の長編映画ですが、
その中のワンシーンに
裕福な家に生まれた
荒くれ者のぼんぼん(三船敏郎)が、
主人公(森雅之)を伴って実家を訪れる場面があります。

ぼんの母親は認知症なのでしょう、
既に現世の執着や確執
欲望からは解放されていて、
慈悲深い笑顔をたたえている方です。
大きな仏壇の前で
ふかふかのお座布団の上に
日がなちょこんと正座しています。

既に息子を見ても
自分の子供ともわからないのですが、
仏間に二人が来ると
丁寧に丁寧に茶を入れ、 
お仏壇から供物のお下がりを渡し、
皆穏やかな微笑を交わす。
そんな、短く美しいシーンです。

お仏壇の荘厳さ、大きさは
ちんまりとした母親に反比例して
まるで極楽浄土かと見まごうばかりの細工の豪華さで、
いや、今は
その工芸の凄さを語っている場合ではありません。
ここで言いたいのは
その母親役の
お茶の入れ方の美しさ、
丁寧さです。

するすると流れるように
力の入ったところが全くなく、
長年の日々の生活の中で
毎日同じように丁寧にお茶を入れてきました、
という風情で、感嘆致しました。

昔、小笠原流礼法で
お煎茶を習ったことがありますが、
大まかな入れ方は同じでした。

お湯を冷まし、
茶葉は多めに、
お湯はかなり少なめに、
浸水時間は長めで
最後の一滴まできっちり振り分ける。

あれならば間違いなく、
美味しいお茶が入っているはずです。

蓋を開ければ飲むことのできるお茶に比べると
ちょっと手間は掛かりますが、
そう大変でもありません。
お茶の値段も、
100g1000円ぐらいから
塩梅の良い品を見つけられますし、
3000円ぐらいの上煎茶だと
玉露に近い甘みがあり、
頑張った時のご褒美用です。
ペットボトル飲料を買うことと比べれば
高いわけでもありません。

喉の渇きをいやす為の
ただの水分源と思うと
面倒かもしれませんが、
お茶は本来嗜好品です。

嗜好度合が強くなると、
喉の渇きを癒すためのものではなく
ほんの数滴を甘露として頂く
超高級玉露に至ってしまいますが、
我々が日常生活の中で頂くような物でも
きっちり美味しく頂く事が
お茶を育て、仕上げて下さった方への敬意であり、
お茶の葉っぱへの敬意ではないかと
思ってみたりします。

このままでは、日本人は
ペットボトルのお茶の味を
日本茶のスタンダードだ、と
思うようになってしまう日が
来るのではないでしょうか。


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余談ですが、
ちょっとした返礼やお通夜で頂戴したようなお茶が
口に合わないな、と思った時は
フライパンで空炒して、
ほうじ茶として召し上がることをお勧めします。
コツは、フライパンを放っておかずに揺することと、
薄く煙が上って来たらすぐに火から外し
フライパンからお茶を移して冷ますこと、ぐらいでしょうか。
昔は七輪の上で
焙烙や厚い和紙の上で
ゆっくりお茶を焙じたのでしょうが
葉っぱを焦がさなければ、これでも十分美味しく頂けると思います。
この自家製ほうじ茶は
水出し茶にしても、とても美味しいです。

お試しくださいませ。


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