春日鹿曼荼羅


先日、撮影のお仕事で
挿花を承った中の一つに
春日鹿曼荼羅の掛け軸がありました。

藤原氏の氏神を祭る春日大社に由来する
春日曼荼羅は
本地垂迹思想の出現によって
平安時代後期から鎌倉、室町期にかけて
多数制作されました。

その中でも春日鹿曼荼羅は
春日明神が常陸国鹿島から奈良へ影向する際に
鹿の背に坐していたことに発して、
白鹿や神鏡、榊が描かれるのがお約束です。
藤原氏の始祖中臣鎌足は、
父親が朝廷の命により
鹿島神宮に祭祀として派遣された際に
大伴夫人との間に産まれたという説もあり、
となると鎌足のうぶすな神が
鹿島神宮ということで、
今の奈良も鹿天国なのかな、と想像しています。

兎にも角にも
そのような軸と相対する時、
時代感を無視してしつらえることは出来ません。
由来の有るものならば、
それを考慮に入れなければならず、
そして軸に添い、より良く見せるのでなければ
挿花の意味もありません。

花材も器も、それを無視して
添え物程度でいれようとすると
大失敗確実です。
全部当たり前のことですが、
作品の持つ精神性を一義とせず、
薄っぺらい「センスのようなもの」で
やっつけようとすると、
必ずとんちんかんな結果になります。

難儀しました。
というのもクライアントの具体的なイメージが
ギリギリまでわからなかったからです。

室町の根来瓶子に樒…
それとも螺鈿の大柄杓に藤のつぼみ…
もしくは独鈷杵に定家蔓…
水晶の舎利塔…
亜字型花瓶に睡蓮の新芽…

いろいろ制約のある中、
自分の身の内にないものは
捻り出すこともできません。

苦しい…  
苦しいです。

普段の不勉強を反省するのもこういう時です。

試行錯誤の後に
何かを捜し当てられた時は
救われた思いになります。
自分にとって
それはまぎれもない真実なのですが、
その真実は
一つではない事の方が多く、
空ける扉はまだまだ無限にあるのだと
その度に思い知ります。


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松と麻苧

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