土地の記憶


年のはてによめる

昨日といひ今日と暮らして明日香川流れてはやき月日なりけり  春道列樹


今年は例年にも増して
旅ばかりしていました。

あまりにも日常と旅が近づきすぎて
どこへ行くにも
大きな期待もせずに
淡々と出かけるのですが、
出かけた先に身を置くと、
その土地、その季節特有の
なにがしかの感銘があって、
そういう土地の記憶が
知らない間に自分の内側に降積もり
影響を及ぼしていることを
時々感じます。

柳の理想的な姿を想像する時
蘇州の風にそよと揺れる柳を思い出し、
枯れたガマの穂を手に取れば
北潟湖の細く長い夕陽を浴びる
朽ちる寸前の群生した蒲が脳裏に浮かび
それらはそのまま
ある種の世界観となって
深い所に鎮座しているように感じるのです。

キササゲを見る時
パリの薄曇りの空の下
シテ島の街路樹を思うのか、
それとも
奥多摩の渓流沿いの
橋に差し掛かる大木を思うのか、
同じ植物でも全く違う風景です。


車道から細い林道に入ると
野の花が突然
乱れ咲いていることがままありました。
車の量もそんなに多くもないのに
それでも道一本入るかどうかの違いは大きく
花が自然に育てるか否かの境目になるのです。
そのようなことが重なると
日本の美しい山野草の
生き残ってゆける環境について
考えさせられることも
多くありました。

都心では健康優良児のように
緑に健やかなススキも
標高の高い土地では
濃き紫のかそけき細さで、
どのような時間を送れば
このような姿になるのだろうかと
ため息をつくことも多くありました。
同じ植物も土地が違えば姿が違い、
まるで各々の人生の深みが違うようにさえ見える程です。

旅の記憶は
その土地の自然や花や草の姿とともにあり
私にとっては
それらの一つ一つが八百万神そのものです。



20181231.jpg

花: 松 山茱萸 白藪椿
器: 黒田泰蔵 白磁瓶子







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2 Comments

めうまろん  

えるて様

明けましておめでとうございます。
訪れるたびに、えるて様の文章とお写真は、心にすっと入ってきて、
我が身にも置き換えてみたり、問題提起をされてみたり(勝手にですが^^;)、
色々と得るところが多いです。
けれどなんとなく、コメントするのは恐れ多いような気がして、これが初コメント(・・だったはず)です。

私も、その土地土地の自然と植物が記憶と結びつきます。
夫の仕事でモンゴルに赴任した時の印象は「でっかい北海道だ!!」・・でした。笑
モンゴルのとある草原で草花をかき分けて歩いたときに、故郷北海道で子どもの頃にかいだ草っぱらと同じ匂いがして、とても懐かしくほっとした気持ちになりました。
私にとって初めての海外暮らしでしたが、どこか故郷に似ているという安心感が、ずいぶん私を助けてくれた気がします。

と、今日はそのことではなく、お写真のお花があまりにも素敵で、私の心にぴたっと寄り添うのでコメントさせていただいたのでした。
白磁の凛とした清々しさと松の枝ぶり。山茱萸の赤と白藪椿。
生け花には全く無知な私ですが、全てのバランスがピタッとおさまり、私を引き付けて離さないのです。ずっと見ていたいと思いました。後ろの壁と相まって、一幅の絵のようです。
新年早々、眼福でした。有難うございます。










2019/01/01 (Tue) 17:18 | EDIT | REPLY |   

えるて  

めうまろん さま

あけましておめでとうございます!

実は元旦から東北に出掛けていて、
お返事が遅くなり、
申し訳ありませんでした💦

暖かいコメントを頂き、
うるうるしました。
どうもありがとうございました。
花がお心に留まったようで
とても嬉しいです。
花は、私にとってはある意味
交信の媒体で、
心の奥底の何かが通じたようで
とても嬉しいのです。

モンゴルは未踏の地で、
しかし「でっかい北海道」と拝読して
うぅむと唸ってしまいました。
北海道は、素敵ですよね。
昨年は何度か北海道にご縁があって
その度に大興奮しました。
そして奇遇にも来週は
札幌にいる予定です。

そして
私の悩み?の1つは
どうもとっつきにくそうに
見えるらしい事で、
案外人懐っこいはずです ^_^
今後共どうぞ宜しくお願い申し上げます。

2019/01/04 (Fri) 09:24 | EDIT | REPLY |   

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