異国の人


昨年の夏の頃、
西伊豆で頂いて来たのだと言って
知人が腕に一抱え程の月桃を持って来てくれました。

いけてみてね、と言われたものの
普段私が近しくしている
見るからに日本原産の草木と違って
月桃は随分と南の情緒の強い植物です。
実際、熱帯や亜熱帯に分布していて
日本では沖縄と
九州の南端の方で自生しています。
そのあまりの大きさと生命力の猛々しさに
器や花合わせを考えあぐねているうちに
バケツの中で枯れてしまいました。

かわいそうなことをしたとは思いますが、
花合わせや器合わせは
ぴたりとその世界観が合うまでは
時として楽しみを越して
難問を問いかけられた修行僧のような
一種の苦しさを伴うのです。

捨てるに捨てられなくて
水を抜いてベランダに置きっぱなしにしていたところ、
植物は不思議な物で、
生の時には見せない表情を
枯れこみ始めると見せてくれます。
風で千切れていた葉っぱは
きゅるきゅると巻き上がり、
乾燥が進むごとに
うねり曲がりくねってゆきました。
そして
生の状態では寄り添ってもくれなかった
植物が持つ強過ぎるパワーも
枯れることによって削がれ
別の魅力を発し始めます。

秋の気配の濃厚になってきた今なら
枯れた月桃の葉もいかせるのではないかと思い
一枚切り出して来て
あれこれ器に合わせてみました。

しかしながら、手元にある秋の七草のような物を
傍にそわせようとしても
生まれと育ちが違うぞとばかり
うまく寄り添ってはくれません。
器も、繊細なガラス器では負けてしまって
あれこれ出してはみたものの
やはり月桃は難しい…と
諸々ちょっとお手上げでした。

日本の山野草を諦めて
もう異国の花でも合わせてみようと
道路の路肩に野良生えになっていた物を摘んできた所、
予想だにしなかった調和に
我ながら驚きました。

個性が強ければ強い程、
なんとか寄り添えるということが
本当に奇跡みたいなものなのです。

器も仏花器に変えてみて
ようやく納まってくれ、
これで成仏してくれるかな、と
少し安堵したことです。


20180904.jpg

花: 月桃の葉 黄花コスモス 花水木の実
器: 古銅 亜字型華瓶 (室町時代)

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