個性をいかすこと その2


野山で咲いている草花は
均等に栽培されて花屋で売っている花とは異なり
一本一本がすべて違って
個々に特徴があります。

数人で里山を歩いている際、
誰かが素晴らしい枝を手に取ったとして、
皆がその枝に
目が留まるわけではありません。
惹かれる草花も
好みの枝の曲がり具合も人それぞれで、
同じあぜ道を歩いていても
摘んでくる草花に
既にその人らしさが溢れ出ています。
 
摘んできた草花の個性のあり方は
その形状ばかりではありません。
人間と似ていて、
毒婦と少女の顔を合わせ持つような性格の花もあれば
まっすぐ明るく育った平凡な村娘のような性格の花もあります。

それらの個性のある草木を
どう花合わせしてゆくか、なのですが、
女子高生が遠慮なしにおしゃべりしているような花合わせもあれば
格の高い御大家に世間知らずの娘が嫁に入ったような花合わせもあり
それこそ世界観はさまざまです。

山の中に育った松の一枝があるとして、
それに
山藤を合わせる。
または蓮の葉を合わせる。
青い実のついた栗を合わせる。
底紅のむくげを合わせる。
カワラナデシコを合わせる。

松とはいえども
いろんな性格の松があり、
そしてその松に合わせる花によって
全然違う世界が繰り広げられます。

そして世界観が固まって花合わせができた後、
花の器は
その花合わせの世界観に添う物を用意すればよいのです。

雅な花合わせには精緻な籠や塗りの器、白木の物を。
格調高い花合わせには唐銅や青磁などを。
茶の湯の心のありさまには竹の一重切などは最適ですし
気軽に野原の風景を描きたければ
農具の籠や雑器の金属の器を見立てて使うのも素敵です。

逆に言うと、
手持ちの器の数が少ないなら
その器に添うような花を選ぶべきです。

そのように花合わせ、器合わせが済んだ後、
摘んできた草木の
「個性をいかす」ということは、
くにゃりと曲がってしまった曲線なら曲線、
頭でっかちなら頭でっかちを
邪魔せず隠さず、
欠点に見える要素すらもチャームポイントとして引き立たせることに徹し、
その結果余分や邪魔な箇所を
ちょっと整え、
削ぎ落とし、
器に配してゆくことにほかなりません。

その際、
草木の個性を消すことにつながりかねない
「こうしたい、ここを切りたい」という自分の欲を
自制心のもとに水面下に納め、
どこまでも花本位に、
草木が一番美しく見えるために
花を入れられるか、なのだと思います。

同じ「切る」でも
私が切りたいから切るのではなく、
そうしなければその花の良さを生かせないから、切る。
同じ行為ですけれど、大違いです。

文章だと
わかるような、わからないような感じかもしれません。
実際は
何度も試行錯誤しつつ
花を入れるごとに違和感を探るしかなく、
その違いを頭で理解することも
実際に行動に移すことも
一筋縄ではいかないなぁ…と
我ながら思っています。


20180716.jpg

花: 夏藤 河原撫子
器: 逢源斎作 竹一重切

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