花籠図 その2


先日から
さまざまな花籠図を見ました。

図録や掛け軸をじ~っと見入れば見入る程
各人の想像する
美の理想像を表したものなのだなぁと感じます。
そして、その理想の在り方は
絵描きの個性以上に
国や時代を反映していて、
必ずしもすっと心に留まるとは限りません。

現代の私達から見ると
お腹いっぱいになりそうな程
しつこく花を描き込んだ
濃厚で絢爛豪華な中国の大幅も、
広大な宮殿の広間であればそれに相応しいのだろうかと
想像してみたりします。

そして、その絵は
壮大な広間を飾る壮麗な家具や絨毯と同じく
インテリアの一部なのだろうと思います。

日本人にとっての花は
仏さまにおそなえする供花から始まり、
御殿や書院、会所を飾る花、
茶の心を反映した茶室の茶花、
江戸時代に流派が興隆した芸能の花と
時代と共にうまれ、移りかわってきたものの、
自然への敬意と共に生命をことほぎ、
目に見えないヤオロズの神様が
花と共にある感覚は
連綿と続いているのではないかと思います。

そのせいなのか
なげいれの花を入れていると
花がインテリアそのものになるという感覚には
馴染みにくい感が否めません。

同じ籠を用いても
民族が違えば入れ方も随分異なることだろうなぁ、と
唐物籠を手に取り思う事です。


20180607.jpg

花: 純白蛍袋 深山鳴子百合 河原撫子 岡虎の尾 糸薄
器: 唐物手付籠

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