花籠図


野に遊ぶ際、
気の向くまま花を摘んで
籠いっぱいに花を満たす。
夢のような素敵な光景です。

しかし実際の花摘みの際は、
せっかく採取した草木が痛まないように
水が下がらないようにと
ビニールや新聞紙や霧吹きが登場して
花はぐるぐる巻きに養生され、
籠にいっぱいの花なんて
ロマンチックな花摘み風景は
なかなか叶うことではありません。


花籠図-銭選-MOA美術館



このMOA美術館の銭選の花籠図は
いろんな意味で「あり得ない」のですが
心が惹き付けられて止みません。
なんと品が良いのだろう…と
うっとりとしてしまいます。

白竹を粗目に編んだ手付きの籠に
切花をあふれるほど盛り込んでいて
その花も牡丹、百合、薔薇、ザクロ、蓮、芙蓉と四季混載です。
つまり、ある種理想像の花合わせなのです。

籠一杯に詰められた花々は
花首だけ寄せ集められているように見えます。
水に浸かっていない…ということは
ほんの1時間かそこらもすればしおれてしまう、
短い運命の美しさなのです。
通常ではこのような飾り方はあり得ません。

南宋の時代の貴族の方々は
こんな刹那的な耽美さを好んだのかと想像しながら、
水を張った籠に
たっぷりと花を入れてみました。

一呼吸置いて、眺めてみて、
あぁ、全然違うなぁ、と。

目の前の籠花は
梅雨前の空気感と共に
水からすっくと自分の足で伸び上がり
葉っぱがついたままの健康な有様で、
自立しつつなおかつ他と関係性も結んでいる
生々しい新鮮さに満ちています。

銭選の絵のように
くしゃりとした柔らかな密度も
名花だけ集めた品の良い妖艶さにも無縁です。

現実ってこういうものだよなぁと
頷いてしまいました。

20180601.jpg

花: 京鹿子 靑花蛍袋 常夏 岡虎ノ尾 山紫陽花 下野 八重十薬 車葉草 九寸菖蒲 蛇苺
器: 初代竹雲斎 柳里恭


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2 Comments

坂本祐子  

こんばんは♪
素敵な花籠だと思います!
水も無いところに詰め合わされた花は、可哀想な気がして
なりません。
私は、よく庭の花を採ってきて描きますが、
毎日、水を替え少しでも長く咲いて居てほしいと
思って居ます。
房すぐりなど、何日か経つうちに根が生えてきて、
挿し芽にしたこともあります。
充分に楽しませてくれた花に感謝ですね。

2018/06/14 (Thu) 21:20 | EDIT | REPLY |   

えるて  

坂本祐子 さま

こんばんわ ^_^

お返事が遅くなってしまい
申し訳ありません。

入れた花が少しでも
どなたかのお心安めになれば
嬉しく思います。

> 水も無いところに詰め合わされた花は、可哀想な気がして
> なりません。

今回の南宋画の花籠図は
ある種の
「美の理想像」なのだろうなぁと
思っております。
ぎゅぎゅうに詰められたのではなく
寄せ集められた
くしゃんとした柔らかい官能的な質感は
現実世界にありそうで
なかなか見られないからこそ
憧れてしまうような。

そういう意味では
仏像の手指の先の
結印を真似しようと試みても
結ぶポーズは一緒でも
同じような柔らかい曲線を
本物の人間の手指では表現することが難しいことと
似ていると思うのです。

絵を描くことも、
そして花を器に入れることも、
どんなに具象を目指しても
人の手が入ることで
現実のリアルそのものではあり得ないからこそ
そこに
夢や理想が乗るのでしょうね

2018/06/17 (Sun) 02:42 | EDIT | REPLY |   

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