薫風


人皆苦炎熱(人は皆炎熱に苦しむが)            
我愛夏日長(我は夏の日の長きを愛す)   
薫風自南来(薫風は南より来たる)    
殿閣生微涼(殿閣に微涼の生ず) 
  

この五言絶句は
唐の第17代皇帝「文宗」が起承の2句を発し、
それに応じて
転結2句を臣下の柳公権が詠んで
一篇の詩としたものだそうです。

室町時代に一休さんが
この中の一節
「薫風自南来」を揮毫していて
とても魅力的な一幅です。


MOA美術館_コレクション_一休宗純墨蹟

MOA美術館所蔵 一休宗純 「薫風自南来」


二十代の頃、
書についての予備知識も何もない状態で
出光美術館で行われていた
書の名筆展に出向きました。
はじめて間近で見た
墨蹟や名筆の数々は、
読めない文字の方が多かったにもかかわらず
予想だにしなかった深い感銘があり、
今もその時のことを思い出す程です。

その展覧会に行くまでは、
書は白と黒の二色で
それも平面なので
実物で見ずとも印刷物でよいのでは、と
漠然と思っておりました。
けれど、いやいやどうして
実物を目の前にすると
その予想がいかに浅はかなものだったか
思い知らされたのです。

ほの暗い室内で
墨や紙の質の醸す時代感、
そして本紙と表装のバランス、
裂地の美しさやその組み合わせによる色彩の美、
筆致に現れた気迫やリズム感、
その筆をとった人の心の在り方までも
全てが一体となって伝わってくるのが
オソロシイ程です。


梅雨入り前ではあるものの
既に夏本番さながらの日もあり、
ふとこの詩と一幅を思い出し
日陰の風の心地良さは
暑さがあってこそ感じられることを再認識しました。


里山のあぜ道を歩きつつ
木々の間を抜けてくる風を受け
まさに薫風の、
その気持ち良さに声が出てしまうのですが、
「風の姿」を草木の姿に映したいと閃きました。

とはいえども、草木が器に留まった姿に
風の通り道を感じることが出来る…となると
虚の中の実を探すようなものです。
一枝で風を感じさせるものを
選ばねばなりません。
これがどうして、なかなか難しい。


滅却心頭火自涼(心頭を滅却すれば火も自ずと涼し)


これは「碧巌録」という禅の名著にある言葉ですが
何事も己の心持ち次第、というこの言葉に対して
一杯の花に風の涼しさを感じることは
手法としては全く逆なのだと思います。

茶室の中の花に打った露を目にして
春は植物の根が水を吸い上げる萌芽の時分を想い、
夏は一瞬の冷涼さを感じます。
己の心の持ちようなど関係なく
ぱっと一瞬にして
そこに心は持っていかれます。
何かを理解するとか、悟るということに
思索は必ずしも必要ではなくて、
ややこしさとは無縁の
心地よさだなぁと
あおもみじを手に取りつつ思ったことです。


20180525.jpg


花: 青紅葉 小蕚空木
器: 竹花入 一重切 (江戸期)

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4 Comments

ジュリアンの夢  

薫風自南来

いいですね。生を受けたこの世に感謝したくなる一句です。ただ、滅却心頭、、はいらない。

2018/05/31 (Thu) 18:47 | EDIT | REPLY |   

えるて  

ジュリアンの夢  さま

はじめまして

> ただ、滅却心頭、、はいらない。


言葉の解釈ってホントに難しいなぁと思います。

上記の、お書き下さった一文は
わたくしの文章へのご指摘なのか、
それともジュリアンの夢さまの個人的嗜好のことなのでしょうか…。


言葉の解釈の難しさといえば、
たとえばこの五言絶句ですが、
宋の時代の蘇東坡は
痛烈に批判し
追句をしています。

 一為居所移(ひとたび居の為に移されて)
 苦楽永相忘(苦楽永く相忘るる)
 願言均此施(願わくば言わん 此の施しを均しくして)
 清陰分四方(清陰を四方に分かつことを)

庶民は炎天下苦しんでいるのだから
そのことを皇帝はもっと慮れよ、と。

なるほどなぁ、と思いますが
文宗の言いたかったことは
蘇東坡には伝わっていないかもなぁとも思います。

物の見方は様々ですね。

2018/06/01 (Fri) 03:35 | EDIT | REPLY |   

ジュリアンの夢  

薫風自南来

「薫風自南来」に感動しました。一休さんの書にもです。
滅却心頭は私はとらぬ、これ当方の趣向です。薫風自南来と対峙するイメージに思えてしまうのです。
 貴方様の学識教養深く尊敬しています。当方の不勉強を恥じ入るばかりです。

2018/06/03 (Sun) 17:14 | EDIT | REPLY |   

えるて  

ジュリアンの夢  さま

ご返信遅れて失礼しました 💦

かえってお気遣い掛けてしまい
申し訳ありませんでした。
わたくしは、
実はどちらでもよろしくて、
ご意向がわからないと
お返事もできないなぁと思っていた次第なのです ^_^

絶対的に正しいこともなければ
間違っていることもないですものね。

今後ともどうぞ
よろしくお願い申し上げます m(__)m

2018/06/03 (Sun) 22:57 | EDIT | REPLY |   

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