料理と花と

昨年末の香港からの帰路のこと。

疲れてはいたものの
熟睡するには飛行時間もそう長くはないので
暇つぶしに動画を検索したところ、
有名な飲食店を取り上げたテレビ番組が
ずらりと並んでいたので
うつらうつらしながら
視聴していました。

どちらのお店のお料理も
工夫を凝らしてあり
美しく美味しそうで、
30分弱の番組を次々に見たのですが、
何個目の動画だったでしょうか。
目が離せなくなったどころか
もう一度再生し直すまでして見入ったのは
銀座エスキスのシェフ、
リオネル・ベカ氏のものでした。
料理について語られる言葉が、
私が花について考えていることと
ひどく似ていて、
驚いたからです。

リオネルさんはフランス料理のシェフで
モダンで新しいタイプのお料理をお作りになりますが
あえて日本の食材に重きを置いていらっしゃいます。
食材、ひいては自然に敬意を抱き、
その姿勢は修験道の
しなやかな山伏のようにも見えました。

『食材を知ることは、正確な科学を身につけることに等しいと思ってます。
だからそれを知るには、人生の全てを費やす必要があるのです』
と仰り、そのために森の奥深くまで出向いたり散策をし、
自然や食材への理解を深めることをなさっていました。
徹底的に向き合ってその食材を理解することを努めるのだそうです。

わたしは、常々
花を留めることは
物理学や力学を
頭で考えるまでもなく体で理解していること、
つまり体で覚え込んでいて
さっと行えることだと思っています。

重い物は下に垂れますし、
柔らかい蔓は何かに寄りかからねば自立できません。
それゆえ、
たとえば大きな実を器から離れたところに配すると
まるで手を真横に伸ばした状態で
手先に重いボストンバッグを持っているが如しで
見ていて苦しくなります。
脇をぐっと閉めてボストンを身の近くに引き寄せれば
持ち歩いても安定し
持っても見ていても苦しくないように、
大きな実も器の端の近くに配していければ
目にも優しく安心感を呼びます。

化学も物理学も力学も
全て自然の法則に他なりません。
そして自然の法則に適っているように入った花は
見ていて不安感がないと思うのです。 

調理も、その素材を見切って
それを適切な方法で切り、
適切な熱の加え方をし、
他の素材と取合せる事が肝要です。

命あるものはみな美しく、平等で、
花屋の花は色とりどりに目を楽しませてくれます。
けれどもお魚のお刺身を
養殖でなく天然を食べたいと思うように、
もっと自然に奔放に
一本一本が自由に個性を持った花と接したいと思えば
山里や野山に出向き、
自然に生えた草木と対話するしかありません。
きゅうりとて、
売られている物は
みんなまっすぐで同じような大きさですが、
野放図な菜園では
曲がりもすれば大小さまざまです。

自然の草花を生かそうと思えば
オーダーメイドのお洋服を作る際
一人一人の体形に合わせて誂えるように
一本の草花をいかしきれるように
器を用意し
花合わせをするよりなく、
型に嵌め込むと途端に個性は死んでしまうでしょう。

私達が生きていくためには
衣食住すべてにおいて
何かの命なり無機質な物なり
奪わずには立ち行きません。

そのような因果関係にある中で、
物を生かし切ることは
みごとに殺し切ることに他なりません。
そうでなければ
成仏すらさせられないのは
花も食材も同じなのだなぁと
リオネルさんの番組を見て、
しみじみ思ったことです。




花: 蝋梅 椿 水仙
器: 常滑 不識壷(鎌倉時代)

機内で見たのは以下の番組だと思います。
(アーカイブで見られるのでしょうか?)
NEC presents Crossroad 
テレビ東京系列 毎週土曜日 よる10時30分~11時00分 
第2回放送 2013年10月12日(土曜日)リオネル・ベカ


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