心眼で見る線 ②


何も考えずに
器の中に花を入れることは
とても簡単です。
器の口に花をぽんと差し込んで
自然に草木が留まるところで手を放すだけです。
留まり所がなければ、
草木の足元は
器の底まで達するのみです。

その状態で
花は、美しく入っているでしょうか。
そして器や花の延長線を想像したとしたら、
どんな線描が描かれているでしょうか。

正直、何も考えずに
ぽんとなげいれた姿が
美しければ良いのになぁ、と思います。

いじり倒していないので
ある種の素直な姿には違いありませんが、
ただ「器に入っているというだけ」ということが殆どなので
満足に至らないことが殆どです。

花自体は美しくても、
器に入っている姿が野暮だからです。

綺麗な人が
素晴らしいインテリアの部屋にいれば
それだけで絵のように美しいかというと、
そこでぼさぼさであくびをしていると残念なのと
ちょっと似ているかと思います。

良い器にただ良い花が入っているだけでは
花の持つ個性はおろか
器の持っている世界観、
器に備わっている線は考慮に入っていないので
器と花がなんの関係性も結べていないことが殆どであるために
野暮だったり
物足りなかったりすると思うのです。

これは、意識的にいけてあっても
関係性が結べていなければ
同じようなことが起こります。
むしろ、人の意思が投じられている分、
別の気配をまとっているのを感じてしまいます。


政治家にはふるまいも思想も政治家らしくあって欲しく、
教育者には教育者らしくいて欲しいように、
美しい人には他者は期待をします。

花を入れる時だって同じです。

「なんか気持ちよくないな」と思った際は、
器と、そこに入っている草木が
良い関係に収まっていないのです。

それは、心眼でみる線にも
必ず現れています。

次回具体例を示してみたいと思います。



20170306.jpg


花: 藤蔓 木瓜 山葵
器: 松尾一等斎 竹一重切




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