大寒 末候:鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)


鶏卵は、最も安価で
手に入れやすい
ご馳走の一つではないでしょうか。

調理の仕方で
七変化するのも魅力的です。

江戸時代のレシピで
茶碗蒸しの原型になったという
玉子ふわふわ、
京都南禅寺の「瓢亭」の名物で
半熟玉子の最高峰「瓢亭卵」、
完璧な半熟具合の親子丼、
モンサンミッシェル名物のような
泡立てた玉子で作るオムレツ、
菱岩のお弁当に入っているような
箸先に出汁が滲む寸前の玉子焼き、
チキンライスの上でふるふるとして
スプーンを入れるとぱぁっとほどけるような
絶妙な硬さのプレーンオムレツ、
煮干し出汁の醤油ラーメンに入っている煮玉子、
湯煎して作るスクランブルエッグに
シンプルイズベストな目玉焼き、
一時期マイブームだったエッグベネディクトに
日本ならではの玉子掛けごはん。

たかが玉子、されど玉子。
上げ始めたら、止まりません。

とは言っても
現在のように気軽に卵料理が頂けるようになったのは、
鶏さんが毎日卵を産むように
品種改良されてからのことです。
昭和30年代頃からのことだそうです。

それも、もしも自分の身の上に起ったことならば…と
想像したくもないような
窮屈な環境での養鶏が
全国的に盛んになったからです。

今の時代、
食事をするために
自分で食材を採取したり、
育て収穫し、調理すると言う
食にまつわるフルコースの形態を
とらずに済むことが多く、
「食べる」ということが
ある意味昔よりも軽くなっています。

お腹を満たすために奔走せずに済むせいで
いろんなことが
「買う」という行為の陰に隠れているため、
興味本位で
食材のことを調べるたびに、
どのようにしてその豊かさ、便利さが
保たれているのかを知り、
毎回自分の無知さに打たれます。
そのくせ時間が経つと
印象を深く受けたことも記憶の端の方に分類されるという
循環の中にいることに、
ある種の罪悪感を感じます。

鶏に、人権ならぬ鶏権があったなら。
世界でも有数の玉子消費国の現在の日本は、ないのでしょう。


しかし「鶏が卵を産む」ということを
改めて考えてみると
凄いことだなぁと思うのです。
あの体の大きさで、
あの卵を毎日1個産むということを
人間に置き換えてみたら、
毎日毎日
4kgか5kgの大きな赤ちゃんの元を
体内で作っては産むことを繰り返しているようなもので、
尋常なことではありません。
卵一つを産み、なおかつ
自分の体を保持するために、
毎日どれだけの栄養を取るのでしょう。
寿命が短いのも頷けます。

本来、鶏は冬季には産卵をしませんでした。
自然の理を考えればわかるように、
冬は餌となるものが乏しいからなのでしょう。
そして春が近づくと鳥小屋に入り、
卵を産み始めます。

その小屋のことを
鳥屋(とや:塒)と呼びます。
産卵の時以外には
羽の抜けかわる時にも籠ります。
その時は餌も取らず、じっとしているそうです。

そんなふうなので、
数少なく寒中に産まれた卵は「寒卵」と呼ばれ
日持ちが良く、お味も良いので
超貴重品だったそうです。
縁起物のように捉えることもあったそうです。
そういえば、まるで枝豆のさやのように
一つ一つを藁苞にくるまれた卵を
見たことがあります。
大切に扱われていた感が滲み出ていました。


そういえば、たまごには
「卵」と書く場合と
「玉子」と書く場合があります。
生物体としてみなす場合には「卵」、
食品の場合には「玉子」なのだと
伺いました。
近年境目が甘くなってきて、
生の場合と火が通った場合で
書き分けることもあるそうです。

漢字の本場の中国では
ピータンの「蛋」という文字が
卵を示すそうで、
必ず何の卵であるかわかるように
「鴨蛋」のように
鳥の名前も一緒につくのです、と
中華料理のコックさんが仰ってました。
逆に、卵という文字は、
魚や両生類の卵も含んでいて、
「受精卵や「卵子」など、専門用語に使うそうです。

この違いも、調べてみると奥深そうで
興味は尽きることがありません。


20170130.jpg


花: 笹 楠蚕 羊歯
器: 十二代 坂田泥華

関連記事
スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

←お返事は基本当ブログ内で致します。ご面倒をお掛けしますが再度お越し下さい