冬至 初候:乃東生(なつかれくさしょうず)


冬至は、旧暦(太陽太陰暦)において
暦を計算する起点となる日です。

太陽の力が一番弱まる「陰の極み」の日であり、
この日を境にして太陽が生まれ変わり
再び力を取り戻して「陽」の力が蘇ってくる日と考えられ、
このことを「一陽来復」と言います。

暦を計算する起点、というと
新暦で生活している者にとってはそれがまるで
大晦日とお正月の境目であるかのごとく
一瞬錯覚してしまいますが、
あくまで計算の基準日なだけです。

この日を境に、皆全て上昇気運に乗り始めることから
冬至には
名前に「ん(うん)」のつくものを食べると
「運」が呼び込めると言い伝えられてきました。

なんきん(かぼちゃ)
にんじん
だいこん
れんこん
ぎんなん
きんかん

うどんなどもその一つです。

「いろは」も最後は「ん」で終わります。

その一番最後の「ん」を、
食べて身の内に収めてしまい、
明日からの運気の上昇に備える。
「ん」には一陽来復への願いが込められているのだなぁと
しみじみ思います。


その他、冬至に頂く物としては
冬至粥とかぼちゃが親しまれています。

冬至粥は小豆入りのおかゆです。
小豆の「赤」という色は
古来より邪気を払うとされた魔除けの色で、
冬至に食べて厄祓いをします。
旧暦のお正月のことを「小正月」と呼びますが、
同じく小豆粥を頂いて 
無病息災を祈る風習があります。

元々、お赤飯や赤粥には
小豆やささげを
用いていたわけではありませんでした。

縄文後期に日本にはじめにもたらされたのは
インディカ米の「赤米」だったそうです。
貴重品だった赤米は、
炊いて神様にお供えする風習があったことが
遺跡から類推されていて、
それが現在のお赤飯や赤がゆの原型だろうと言われています。

江戸期に入り、品種改良されて
現在のジャポニカ米が庶民に普及するまでは
玄米は小豆を使わずとも赤かったのです。

赤は縄文の昔より、災いを防ぐ特別な色でした。

赤米の色であり、
血の色であり、
火の色でもあり、
神社の鳥居の色も赤です。

そして国旗を見ても明らかなように
日本人にとって太陽は「赤」色です。
太陽を「赤」と認識している国は
世界ではほとんどなくて
大抵は黄色だったり白だったり、金色だったりで
とても特殊なことだそうです。

そして、私達は
日本人=太陽の元にいる民族と
自らを名付けています。

そして皇室の祖神で、日本国民の総氏神
「天照大神」は日の神として崇められています。

そういうことに考えを巡らせると、
他の国の方々は
何を思い、何を大事だと判断して
遠い昔、自国に名前をつけたのかなぁと思います。


冬至にはその他に
「一陽来復」の運を呼びこむ前に
厄払いの禊(みそぎ)として身を清めるために
柚子湯に入ります。

端午の節句の菖蒲湯からも推測できるように、
強い香りの漂うところには
邪気が寄り付かないという発想から
柚子を使うのだと思います。
柚子は「融通」が効くに通じ、
冬至は「湯治」と音を同じくしていることからも
縁起をかついだのでしょう。

今のように
住環境も整い、子供の致死率も低くなり、
病気への対応も迅速な現代とは異なり、
早逝する人の多かった頃。

日々健やかに過ごせることへの願いは
いかばかりだったことでしょう。

そして、暖房も照明も完全ではなかった頃、
日暮れの速さと寒さは
どれ程の忍耐を育み、春を渇望させたことでしょう。


自然の不便を克服すること。
自然の摂理を有無を言わず受け入れること。


邪気が寄り付きませんように。
健やかでありますように。
運が上を向きますように。

祈りは、その二つの「間」に存在するのではないかと思うのです。


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花: 和綿 宿木 蝋梅
器: チェコ製 手吹きワイングラス

  
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