寒露 末候:蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)


きりぎりす 
鳴くや 霜夜(しもよ)の さむしろに 
衣(ころも)片敷(かたし)き 
ひとりかも寝む

    新古今集  藤原良経


きりぎりすは
「ぎぃー ぎぃー ぎぃー…っちょん」という
その鳴き声が手機織りの音に似ているところから
平安時代には「機織り」「機織り女」と呼ばれていたそうです。

梅雨の終わり頃から
晴れた日の昼中に騒がしげに鳴く虫で、
夜間が涼しくなって来ると
夜も鳴くようになります。
そして本当に寒くなる晩秋を待つことなく
次第に姿を消すことが多い虫です。

となると、この藤原良経の歌は
晩秋まで稀に生き延び、
それも夜にないたきりぎりすを詠んだ歌なのか、
という疑問が出てくるのですが、
この時代「きりぎりす」と呼んだのは
こおろぎのことなのだそうです。

実際、こおろぎは夜に鳴きますし、
きりぎりすは昼間に騒がしげに鳴きます。

そして「こおろぎ」という呼び名は、
万葉集の時代から
秋に鳴く虫の総称だったそうで、
少し混乱してしまいます。


虫の名前を日本人が一つ一つ明確に認識するには
江戸期を待たねばなりませんでした。


日本人は秋の虫の音に風情を感じますが
西洋人にとっては
意識外の雑音のようで、
秋の夜、虫の音の話をすると
「何のこと?音なんてなにもしないわ」と反応が返って来て
驚いたことがあります。
そういえば、紅葉狩りについても
「そんな習慣は我々にはない」と言っていました。
黄色や赤に変色した葉っぱを綺麗だとは思うけど
わざわざそれを愛でるために出掛けることはない、とのことです。
中国では、
小さな虫籠に虫を入れて売り歩く人がいましたので
同じような文化があるのでしょう。


秋の風景や虫の音に日本人は、
思わず涙が浮かんでくるような、
胸を掴まれるような感に入ると思うのですが、
それは
日本という土地に住み、
農耕を生業の主体とし、
四季のはっきりとした気候の中で生活を送ってきた民族ならではの
感性なのかもしれない、と改めて感じたことです。


きりぎりすと言えば、
「アリとキリギリス」のお話が有名ですが、
きりぎりすは
夏に元気に歌って(遊んで)ばかりで
冬への準備を怠っているなまけ者の代表のように描かれています。

梅の花が寒中に咲き、
それを人はけなげに感じたりするのですが、
梅には梅の
梅雨前に実を実らせたいという
梅なりの都合があるのです。

冬には死んでしまうきりぎりすは
きりぎりすなりの
生命をまっとうしているわけで、
怠け者と呼ぶも、働き者と呼ぶも、
益虫も害虫も
人間の都合でしかなく、
自分達がその勝手の元に
良し悪しを言っていることを忘れると
必ずその報いを受ける日が来るに違いない、と思うのです。


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花: 紀伊上臈ほととぎす 山芍薬 芋の蔓 雄日芝
器: 唐物写 手付籠


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