寒露 初候:鴻雁来(こうがんきたる)


夕日のさして 
山の端(は)いと近(ちこ)うなりたるに 
烏(からす)の 
寝所(ねどころ)へ行くとて 
三つ四つ 
二つ三つなど 
飛び急ぐさへ あわれなり

まいて 
雁(かり)などの列(つら)ねたるが
いと小さく見ゆるは
いとをかし 

日入り果てて 
風の音 虫の音(ね)など 
はた言ふべきにあらず  

      枕草子 「秋は夕暮れ」



日本画にはお決まりの出会いがあって、
粟と言えばうずら、
松と言えば鶴や日の出、
梅といえば鶯で 竹と言えば雀、
波には千鳥、
雁と言えば月、です。

たとえばキリスト教の文化圏において
聖母マリアの衣装は「青」と決まっています。
神の慈愛を示す「赤」も、
衣装に一緒に用いられることが多いです。
同時にバージニティーのシンボルの白百合も描かれていたら、
雷様に太鼓の組み合わせのごとく
若い女性と青と赤と百合の組み合わせを見るやいなや
何の詮索もすることなく
説明を必要とせずに
「あ、マリアなのね」と
共通認識の中で
聖書の世界を思い出すわけです。

日本画においても
たとえば「雁に月」と見ると、
秋の今頃の季節に思いが飛び
季節のかもす空気感を瞬時に連想します。
そういう背景があったからこそ
落語の「雁風呂」というお噺は成り立ちます。


お昼ご飯処に置いてある屏風を
とある浪人が一目することからお話は始まります。
土佐光信の落款があるが
「雁に松」とは、
名絵師がなにごとか!と。
この屏風は、偽物なんじゃないか?
と、店の者に詰め寄ります。

それを、そこに居合わせた大阪商人が
旅の途中の水戸の黄門様に絵解きをして
「雁に松」の理由を説明するお噺なのですが、
とても興味深いです。
ご興味ある方は、こちらの動画をどうぞ。





さ夜中と 夜はふけぬらし 雁が音の 聞こゆる空ゆ 月渡る見ゆ (万葉集 弓削皇子)

白雲に 羽うちかはし とぶ雁の かずさへ見ゆる 秋の夜の月 (古今集 詠み人知らず)


うたも絵も、心をぎゅっと掴まれた瞬間を
凝縮して
再び自分の身から放ったもので、
見事に放たれれば放たれる程
他者の心にずんっと深く響くのではないかと思っています。
そして、その心が掴まれやすい瞬間を
お決まりの出会いには
見付けやすいのでしょう。


花を入れることも、同じだと思っています。

特に秋という季節は、
人の人生で言うと
過ごしてきた時間のありようも
受けた傷も
既に隠しようもなくもなく、
引き返すことも
取り返しもつかなくなった草木達の姿に
ある種の人間の姿を投影して見るからこそ、
人の心は揺れるのだと思います。

なので、
ハウス栽培の色とりどりの花々や
紅葉を混ぜ活けて
どんっと筋肉質にオブジェの如くいけてあるのを
今の季節に見ると、
どの季節にも増して嘘臭く思えるのは 
人の人生を
その花々に重ね難いからなのかもしれないな、と
想像したりしています。



20161008.jpg



花: 山芋 杜鵑草
器: タイ バンチェン土器


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5 Comments

風子  

なんて美しい!

時折、訪ねていただいて、ありがとうございます!
ふつうのオバちゃん(風子)初コメントです。

えるてさんの文章……。

『特に秋という季節は、
人の人生で言うと
過ごしてきた時間のありようも
受けた傷も
既に隠しようもなくもなく、
引き返すことも
取り返しもつかなくなった草木達の姿に
ある種の人間の姿を投影して見るからこそ、
人の心は揺れるのだと思います。』

(◎ー◎;)なんて美しい……繊細で深淵な思いの言葉たちでしょう。
動物写真家 星野道夫が写真に添えるエッセイ(大好き)にも負けない、
洗練された文章に圧倒されます。

知性と教養に満ちた、えるてさんのページを読むたび、
自分のブログが恥ずかしく思えます。(^_^ ;)

2016/10/11 (Tue) 12:27 | EDIT | REPLY |   

式田香甫  

有難う御座いました 落語も楽しませて頂きました

2016/10/11 (Tue) 19:27 | EDIT | REPLY |   

えるて  

風子 さま

はじめまして ^_^

お心に留まって嬉しく思います。

わたくしも星野道夫氏の書かれた文章が好きで
何冊か単行本を持っています。
一番初めに買ったのは「旅をする木」でした。
星野氏は写真家でいらっしゃいますが、
私は、彼の記した文章の方が
より一層心に沁みます。

同じく、
花人:川瀬敏郎師の入れられる花には
心を丸ごともっていかれます。
比類ありません。
そして記される文章も又、素晴らしいのです。

工芸青花という雑誌が創刊した折に
メッセージを寄せていらっしゃいます。
何度読んでも胸の奥が熱くなります。

よろしかったら、是非。

http://www.kogei-seika.jp/pdf/kawase.pdf


2016/10/11 (Tue) 19:45 | EDIT | REPLY |   

えるて  

式田香甫 さま

米朝の雁風呂も良いです ^_^
ちょっと良いお話ですよね

https://www.youtube.com/watch?v=jz0R-Fp7Jbw

2016/10/11 (Tue) 19:48 | EDIT | REPLY |   

風子  

川瀬敏郎師のメッセージ

“花人:川瀬敏郎師の入れられる花には
心を丸ごともっていかれます。
比類ありません。”

この方のメッセージ、早速、読ませていただきました。

いいですねぇ。
確かに………。
『何度読んでも胸の奥が熱くなります。』

何でもですが、自然が一番。
無意識が一番。
ここに至るまでの、川瀬氏の『在り方』が想像できます。

2016/10/12 (Wed) 09:23 | EDIT | REPLY |   

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