花留め 学ぶということ


花留めについて書こうと
考えを巡らして思うに、
本当は
花留めは人から教わるのではなく、
花を入れる一人一人が
その場その場の
自分の体感から見出した方が
良いに違いないと思うのです。

花留めは、
その時用いる草木と
器や落とし(花器の内側の水を入れる容器)に即して
千変万化します。

しかし、こういう花留め方法がある、
と知識として知ると
それに縛られてしまい、
その方法が花や器に合わない時でも
固執してしまい、
その結果、
按配が悪くなることがあるからです。

その上手くいかなさ加減は、
数学の問題を解く時、
使うべき方程式を間違えると
延々答えが出ないのに似ていると思います。


なげいれの手法で
花を器に留めるということを
見方を少し変えると、
大仰な物言いではありますが、
自然界における
「万物の法則」にのっとって、
草木を手の先から繰り出して留める、
ということだと思うのです。

地球には重量が存在して、
大きな花や葉っぱが先にある枝を
壺にぽんとなげいれれば、
一番重さの溜まるところを下にして、
くるんと顔を下げてしまう。
枝の中で軽い方が上に向きます。

重力に逆らって
重い方を上にしたいとなると、
何かに支えられたり、
足元をバネや突っ掛えで踏ん張ることで
重みを支えるしかありません。

もしくは、
枝を矯めたり、少し折ったりすることで
重みを分散させます。

ふにょふにょした蔓物を
立てたい、となると
しっかりした枝に巻きつかせるなり
寄り掛けるなりしないと、
どうやったって立ちません。

それらのことは
自然に存在する物理
「万物の法則」に則っていて、
全ての事象は根底でつながっています。

しかしながら
いろんな方法を
別々のものとして覚えることは、
お料理でいうと
レシピを沢山持つことに通じます。
図書館のインデックスのようなものです。

インデックスが、
図書館全部の蔵書の末端で
全蔵書を把握することにはつながらないように、
インデックスは
沢山沢山持たなければ意味をなさないように、
花の入れ方や留め方を
一つ一つ覚えることは、
それだけでは
万物の法則に繋がる「実のある知識」には
なってゆきません。

一つの花留めを学ぶことが
他のいろんなことにつながるような、
そんな原根本的な知識になった時、
それはただの知識ではなく、
自然の深いところに繋がった
理解となると思います。
たとえば花留めが按配良く出来るようになっていたら
いつの間にか家事の手順が要領よくなっていたり、
包丁さばきが上手くなっていたり、
髪を結うのが上手になっていたり。
そんな、
花の世界だけにとどまらない
学びと成長があるに違いありません。

そんなことを考えつつ、
順次、具体的な花留め方法を書いてゆきます。
ご参考になれば幸いです。


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花: ヨウシュヤマゴボウ ニシキギ キキョウ エノコログサ
器: 浅田尚道作 窯変壺







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