竹の花入 その3


秀吉の天正18年の小田原攻めの際
利休が同行し、
その際作ったといわれる
竹の花入の「園城寺」を初めて目にしたのは
上野の東京博物館ででした。

少し、驚いたのです。

その当時、私が普段使ったり
茶の稽古で見慣れていたような竹花入れよりも
かなり大きかったからです。

利休が身の丈180cm程の大男だったと
どこかで読んで、
なるほどなぁ、それも関係あるのかもしれないな、と
考えたりもしました。

同時に、どのような場所を想定して
花入れを作っただろうと、
疑問に思いました。

小間に?

いやいや、ちょっと大き過ぎる気がするから
きっと広間で…

いやでも
ここに白いムクゲの花が
ぱんっと一輪入ったのが
小間の茶室に掛かっていると、
何かを突き付けられるかのような思いがするに違いない…


この小田原遠征の折
利休達は箱根湯本に滞在し、
伊豆韮山から真竹を取り寄せ、
まずは園城寺を作り秀吉に献上したところ
気に入られずに庭に打ち捨てられたそうです。

知ることで得られる機会と
知らないことで得られる機会とがありますが、
私が読み覚えていたのは
上記のようなわずかな事だったので、
器にまつわる細かい歴史を知らないことで
延々と想像を膨らませることができました。


「園城寺」は
竹の繊維のうねりが
とても複雑なのです。

花入れは正面から見る物ではありますが、
横や後ろから見ると
微妙な傾斜がたくさん存在して、
見る角度によって表情が全然違います。
正面のぐっと厳しく見える姿は
45度角度が変わると別の印象に変わります。

生の竹の時に既に内在していた複雑さが
乾燥され、時を経ることによって
より一層極まって来たのでしょう。

余りにも表情豊かだったので
ガラスのショーケースの周りを
何度もぐるぐる廻ってしまったことを覚えています。

あれから20年程時間が過ぎて今の私が思うには、
園城寺はともかくとして、
例えば一重切りとしてよくある
直径8cm程の竹花入れは、
花を入れるには
自由度がそんなに高くありません。
小さな花を一本、二本入れるのには適していますが、
数少なく入れるのが茶花と思ったら大間違いで、
その一本の極まった美しさを
人の気配で汚さず、
清らかに器に放つのが
茶花の茶の花たる由縁だと思うのです。

5本、10本いれようとも
空気が濁らなければ良いわけで、
1本であろうとも
淀んでいれば論外です。

簡単そうでとても難しいことです。

自然に生える山野草は自由奔放で、
それを思うと、
直径10cmぐらいの物の方が
ずっと汎用性も許容力も高いなぁと感じます。
ちなみに「園城寺」の花入れは
直径が11cmあります。

花屋さんに洋花のあふれる現代においては
山野草は茶花として入れることが多いと思うのですが、
竹は他のどの器よりも自然そのものに近く
花に馴染みます。

そしてそこには、人の意思が反映されています。

竹の見立て方、
刃を入れる場所の思案、
花入れへの仕立て方等
作った人の価値観が形に反映され
人の心の在り様や精神が
如実に現れる器ではないかと思っています。

どんなにアヴァンギャルドな現れ方をしていても、
静まっていなければうるさい。


竹林にいると
切るべき一本はどれなのか
途方にくれてしまい、
いまだ満足のいく竹花入れを
作れたことがありません。


20170917.jpg


花: 木通 藤蔓 
器: 尺八 竹花入 銘「をぐらやま」 

小倉山と銘があるところをみると、嵯峨野の竹で作られたのでしょうか







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