世阿弥 その4


『よき劫の住して、悪き刧になる所を用心すべし』
という世阿弥の言葉があります。

「劫」という字は、
「途方もなく長い時間」という意味を持ちます。

よき劫って何だろう…と思っていたところ、
「この芸能を習学して
上手の名を取りて
毎年を送りて 位の上がるを
よき劫と申すなり」
とありました。

つまり、
長い時間をかけて得た
「芸の境地や功績」
みたいな感じでしょうか。

しかしそれに慢心し
停滞することが
功績がアダとなった状態なわけで、
人も世の中もどんどん変化して行く中で、
他者の批判を肥やしとして
常に自問しつつ、
一生を通じて
変化の波に乗り続ける心構えが大切なのでしょう。

一度開いた物の見方の目も、
習得した技術も、
日々鍛錬を重ねていれば
簡単には失せないと思います。
けれど形骸化してしまった「上手」に
「心根」を添わせられるかどうかは
また別の話で、
そこが肝心要なのでしょう。

エベレスト登山で
頂上にたどり着いたとしても、
その後も絶えず目を凝らして
空の上の
神の居座所への階段を
探していないと、
その頂上がまるで幻となってしまうかのような、
そんな気分になりました。

当たり前のことですけれど
一昨日からの世阿弥の言葉は
全部繋がっていて、
一つのことを突き詰め成すことは
いかに万人向けの行為でないか、
しみじみと感じ入った事です。


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花: マムシグサ 木通
器: 胡銅華瓶 (室町期)

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