世阿弥 その3


『年々去来の花を忘るべからず』という
世阿弥の言葉があります。

年々に去り 、
年々に来る。

「去来」という言葉は、
頭の中で
過去と未来のことが
浮かんだり消えたりして
往来するという意味です。

往きて過ぎる。
そして、過ぎて忘るる。

成長の過程に於いて、
人は、何かを得たら
何かを失う事が多いのは事実です。

凛々しい少年になることと引き換えに、
小児期の愛らしさを。

経験や技術の習得という
自信を得たことと引き換えに、
初々しさを。

人は時と共に変化して
今の自分こそが
「現在の本当の自分」ではあるものの、
過去の自分も、
「その時の本当の自分」でした。
時間が経てば経つほど
諸々が忘却の彼方に過ぎ去ってゆきます。

友人が
「忘れることの出来ない人は悲しい人だ」
と言いました。
忘れることが出来るから、人は、
日々を過ごすことが、少し楽になる。

多くの記憶を忘れることなく
日々引きずって生きている人は
随分しんどいだろうと思う、
と言うのです。

チクリと痛かったりするのですが、
世阿弥は、
その時その時に習得し掴んだことは
年月を経ても忘れるな、と言うのです。

「初心忘るべからず」に通ずると思いますが、
身に浸み込み
形骸化されている芸道ならばまだしも、
それに心情が伴わねばならないとすれば
それがどんなに精神力が必要なことか
想像するだけで
途方に暮れます。

自分の一生の経験を留め、貯え、
表現の肥やしとせねばならない。

そこに痛みは伴わないのでしょうか。

そのキツさを想像するに、
個人の幸せってなんだろうな~などと
考えてしまいます。



20160704.jpg


花: オカトラノヲ ヒヨドリ草 ヤマホタルブクロ
器: ガラス シリンダー

関連記事
スポンサーサイト



0 Comments

Leave a comment

←お返事は基本当ブログ内で致します。ご面倒をお掛けしますが再度お越し下さい