逃げなかった記憶 その3


現実から目を逸らさない。

サボったり適当に済ませない。

確固たる自信を持つためには
有効な事ではあるものの、
その当たり前の事を
日々行っていくストイックさは
凡人にはなかなか持てないものだなぁ、と
パンダのようにころんと転がって
考えています。

たとえば、吉田都。
たとえば、白川静。
たとえば、孫正義に柳井正。
たとえば、イチロー。

啓発啓蒙書は
どうすれば彼らのようになれるのか、
そのhowtoを書き連ねています。

でもわたくしは、
そのような本を読んで
実際に模倣して行動出来る人なんて
少ないんじゃないのかな、と
想像しています。

常人が持ち合わせないストイックさで
日々研鑽を重ねるからこそ
彼らの今日はあると思うので、
凡人の私達がみな同じように振舞えるかというと
実際のところ難しいだろうなぁ、と。

では、永遠に自信は持てないのでしょうか。

否。

逃げてしまったとしても
そんな自分を否定することなく受け入れて
これは悪い事ではない、と
自己肯定できるならば
自信は失われないと思うのです。

自信を持つことは
自己肯定の結果でもあるからです。

頑張って頑張って、
体に変調をきたす程頑張って、
他者から見れば十二分に思えても
本人がそれを
「まだまだ、もっともっと」
と焦燥感を感じるならば
仮に日本の総理大臣になろうとも
「いや、アメリカ大統領よりは下だ!」と
自信が持てないまま
より高いところを見て走らざるを得ません。

たとえ逃げようとも、
そしてそれがどんな結果を呼ぼうとも、
自分で決めたことを
人の物差しで判断することなく、
自己肯定できるかどうか。

実はそれが、
なによりも、
大変なことだと思うのです。


20160630.jpg

花: 山五加木 昼顔 蛍袋 
器: 野葡萄籠



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