世阿弥 その2


『住する所なきを、まず花と知るべし』
という世阿弥の言葉があります。

住という字はにんべんに主と書きます。

つくりの「主」という字は
燭台の上に火が灯っている様子を表しているそうで、
先祖供養の灯火を守り、
その土地や場所に滞在し
動かない人を表すそうです。

なので「主人」という言葉の
逆、というか
ついになる言葉は「客人」なのですね。

「主」をつくりに持つ字は、
例えば「注」は
とあるポイントを固定して水をそそぐの意味ですし、
「柱」は
その場所にまっすぐ立って固定され動かない、の意味ですし、
「駐」は
とある場所にとまる、というような
イメージがあります。

「住」は「とどまる」とも読むように、
住まいが定まり
落ち着いている有り様を
示していると思われます。

話が脱線してしまいましたが
そのような漢字の意味から考えると
世阿弥のこの
「住する所なき」という言葉は
「そこに停滞して淀む事なく」
という意味で、
慢心することなく
日々変化し続けゆくことが
芸の要であるということなのだと思います。

とは言っても、
それを常に意識して
現状に満足しないでいることも、
常人にはなかなか難しいことだな、と
ため息の出ることです。


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花: 獅子独活 羊歯 十草
器: 浅田尚道



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