大暑 末候:大雨時行(たいうときどきふる)


先日、深夜に
空が明るいような気がして
ベランダに出てみました。
インクを垂らしたような藍色の空に
前のビルの屋上の上から
大きな入道雲がむくむくと
顔を出していて、
時々内側がビカビカッと光ります。

ゴロゴロという音は聞こえませんでしたが
あの光はおそらく雷で、
盛んに成長する雲の中では
雷が発生していて、
真下では激しい大雨が降っているのでしょう。
今の季節ならではの
雨のありようです。


夕立ちの 雨降るごとに 春日野の 尾花が上の 白露思ほゆ
~作者未詳 万葉集


今日は旧暦水無月の晦(最終日)。
一年の半分が終わったことになります。
そして暦の上では
一年の前半分の厄落としの
「夏越の祓」の日です。

神社の境内では
チガヤで作られた輪で
「茅の輪くぐり」が行われます。
この輪の中を
「水無月の夏越の祓する人は千歳(ちとせ)の命延(の)ぶと言うなり」
と唱えながら
メビウスの輪のように
左周り右回り、と
8の字を書いて3度くぐり抜けます。
元々は拾遺和歌集にある歌のようですが、
唱えながら茅の輪をくぐることによって
病気や災いを免れるとされています。

それにしても、
直径数メートルの、人が通れる程の輪を
かやで作るのは
どれ程の人手と手間が掛かるのだろう…と
想像するだけでたじろいでしまいます。
2トントラックに2台とか4台分のヨシやカヤを
手で刈ってくるところから始まるそうで、
氏子さんの男性衆が
総掛かりでお作りになっている様子を
写真で拝見したことがあります。

現代は新暦で行われることが多い
この「茅の輪くぐり」ですが、
近くの神社でも茅の輪を設置なさっていて、
6月も半ばになると
大祓いの人形(ひとがた:人の形を模した紙の形代(かたしろ))が
ポストに入ってきます。

祈祷をお願いする人は
人形に自分の名前などを書き
それで体を撫でて人形に罪やケガレを移し、
身代わりとして神社に奉納しに参ります。

神社ではその人形を
神事で清め、我々の厄を落とし、
この後半年間の無病息災を祈念して下さいます。

応仁の乱以降宮中ですたれてしまっていたこの風習が
今のような形で全国の神社に復活したのは
明治になってすぐ、神仏分離の後に
「大祓」の行事について宣ぜられた後のことだそうです。

そういえば、京都で「さきのいくさ」と言うと
第二次世界大戦ではなく、
応仁の乱のことを指すのだと聞いて、
心底驚きました。

妙心寺の塔頭玉鳳院の開山堂唐門で
「これ、応仁の乱の際の矢の痕ですわ」
と説明してくださる方があり、
それだけでも
600年前の戦争が急に迫り来る生々しさに驚いたのですが
「はぁ、これが先のいくさの矢じりの跡ですか」
と、近くにいらした方が仰ったのを聞いて
2度びっくりです。

京都は
アメリカが
残そうと決めたから
第二次世界大戦の際は…
あぁそうか、と。

歴史を身近に感じるとは
こういう瞬間なのだなと思いました。


「夏越の祓」から半年後の12月末には「年越の祓」があり、
お対になっている行事です。



20160802.jpg


花: 秋海棠 洋種山牛蒡 金水引 狗尾草
器: 野葡萄籠

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