啓蟄 末候:菜虫化蝶(なむしちょうとなる)


荘周の夢


昔者荘周夢為胡蝶。
栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。
不知周也。
俄然覚、則蘧蘧然周也。
不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。
此之謂物化。




かつて荘周は蝶になった夢を見た。
蝶そのものを楽しんでいて、自分を人間とも思わなかった。
目が覚めて、
あぁ自分は人だったのだ…と驚いたが
はたして夢から覚めた人としての自分が本物なのか。
それとも蝶が
人になった夢を見ているのか。
形は違えども、
主体としての自分ということにかわりはない。
本当の自分の姿が何なのかということに
意味はあるのだろうか。
物事はきわまりなく流転し、
果てしなく変化している。
その時その時の、あるがままの自分を楽しめば良い。

                       「荘子」 斉物論編


菜虫からかえった蝶には
「夢見鳥(ゆめみどり)」の異名があり、
これは上記「荘周の夢」に由来しています。

蝶を鳥になぞらえるのか…と
不思議に思いもしますが、
蝶も鳥も空中のものであるからか
死者の霊魂を運ぶものと考えられていたようです。
特に蝶は、あの可憐な姿であるのに
万葉集を始めとして
古今集から新古今に至る八大集においても
一句たりとも蝶の和歌が読まれていないことから
その理由も推し測られることです。

そういえば子供の頃、
彼岸や旧盆の頃
田舎の開け放った家には
家の奥深くまで
蝶がやとんぼが迷い込んで来ていました。
人の周りをぐるりぐるりと舞うこともあり、
それを目や肩で追いかけながら
自分と蝶の距離感が不思議に思えたことを
いまも覚えています。


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花: 藤豆 ハンノキ バイモ 諸葛菜(ハナダイコン)
器: 李朝白磁面取壺

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