霜降 次候:霎時施(こさめときどきふる)

これが発明されたら間違いなくノーベル賞!と言われるものの一つが傘を使わずとも雨に濡れない雨具だそうです。それほど人は人の意思ではどうしようもない雨に泣き、雨に喜び。「いつしかそれを克服してしまいたい」なんて意識することもないぐらい当たり前のこととして潜在的な野望を持っているのでしょう。そんな道具ができたらさぞかし便利だろうなぁと思うと同時に、人智の及ばない自然や神への恐れや敬いを身の内に備え、享受...

栗きんとん

今年ももう、栗の名残の季節を迎えました。熊本に始まり丹波や相模原、恵那に信州と頂いてきて今日は山口の大栗です。栗は、実は鮮度をかなり求められるのですが、入手してすぐに茹でても頂いてみるまでは当たりかハズレかは神頼みです。大当たりの時はそのまま頂いてしまうことも多いですが、甘みが少ないな、と思う時はポタージュやモンブラン用にくり抜いて冷凍してしまいます。栗のポタージュは本当においしくて、どなたにお出...

霜降 初候:霜始降花(しもはじめてふる)

霜草蒼蒼蟲切切村南村北行人絶独出門前望野田月明蕎麦花如雪    「村夜」 白居易霜にあたり萎えた草は青白く虫はちりちりと鳴いている村には道行く人影もない一人門前に立って野の畑を眺めると月明かりに蕎麦(そば)の花が雪のように白く見えるそうそう そうそうとしてむしきりきり。この音のリズムのもたらす愉快さに思わず口ずさんでしまいました。詩を書いた白居易も、口元が緩んだのではないかと想像してしまいます。し...

寒露 末候:蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)

きりぎりす 鳴くや 霜夜(しもよ)の さむしろに 衣(ころも)片敷(かたし)き ひとりかも寝む    新古今集  藤原良経きりぎりすは「ぎぃー ぎぃー ぎぃー…っちょん」というその鳴き声が手機織りの音に似ているところから平安時代には「機織り」「機織り女」と呼ばれていたそうです。梅雨の終わり頃から晴れた日の昼中に騒がしげに鳴く虫で、夜間が涼しくなって来ると夜も鳴くようになります。そして本当に寒くなる...

寒露 次候:菊花開(きくのはなひらく)

随分前のことですが、西欧の人達の菊の花への感覚が日本人と著しく違うことにはっとしたことがあります。ニューヨークにせよ、バルセロナにせよ、フィレンツェにせよ、多くの街では街路樹の足元やプランターなどに飾り植えられている花の数が東京に比べて段違いに多いと感じるのですが、それが今の季節は「菊尽くし」だったりします。街灯にぶら下がっているハンギイングバスケットに数種類の菊、大きな植木鉢にこんもりと半球型に...

スイートポテト

秋は到来物の多い季節です。見たこともないようなきのこだったり、呆れるほど大きなリンゴだったり、もったいない程つやつやの栗だったり。私を思い出して口に入れようと思って下さっただけで、本当に有難いことです。さつまいももあちらから3本、こちらから5本とたんまり集まりました。2桁越えになるともうこれはスイートポテトを作るしかない!と立ち上がりました。さつまいもを洗ってアルミホイルでぐるぐる巻きにし、オーブン...

寒露 初候:鴻雁来(こうがんきたる)

夕日のさして 山の端(は)いと近(ちこ)うなりたるに 烏(からす)の 寝所(ねどころ)へ行くとて 三つ四つ 二つ三つなど 飛び急ぐさへ あわれなりまいて 雁(かり)などの列(つら)ねたるがいと小さく見ゆるはいとをかし 日入り果てて 風の音 虫の音(ね)など はた言ふべきにあらず        枕草子 「秋は夕暮れ」日本画にはお決まりの出会いがあって、粟と言えばうずら、松と言えば鶴や日の出、梅といえ...

知る嬉しさ わかる悲しさ ②

30代の頃は毎週のように美術館に通い、いろんな物を見ました。でも青磁に関しては相変わらずわからなくて、闇夜の黒塀に梯子をかけて昇っているごとしで進めども進めども目が後退しているのか進んでいるのかも見当がつかない、とずっと思っていました。どうわからなかったのか具体的にいうと、600年前のオリーブグリーンの素晴らしいといわれる青磁色がくすんで汚い色に見えたり。1000年前の大皿とフグ刺しの乗っている数千円の青...

知る嬉しさ わかる悲しさ ①

名曲とか名画、名品はどうして名画で名曲で名品なのか。その定義ってなんだろうと考えたことがあります。結果、私の答は単純でした。多くの人の心にとても深い印象を残す、それゆえ沢山の支持を受ける、それが「名」とつく理由だと思います。たとえばモナリザを世界で一番の名画だと教科書で教えたとして。画学生や画壇の関係者ならば兎も角しみじみと本物のモナリザを見たことのある人がはたしてどれだけいるだろう?と思うのです...

秋分 末候:水始涸(みずはじめてかるる)

日本人がハシリの物を好むからかいまや新米は8月の終わり頃には先を競うように出回りはじめます。田の水を抜き、収穫に備える時期を暦の上では今時分として「水始めて涸るる」と言い表していますが、実際、郊外に出向くと半分以上のお米は既に刈り取られています。なので「水既涸」と言った方が現状に即しているなぁ、なとど思いました。お米と言えば以前、ある新米を掌につかんで握ったところ「肌のきれいなおばあちゃんの皮膚っ...