私を探さないで

自然に咲く花を摘み器に入れるようになって、遠方に出かける際にも植物に目を向けることが増えました。花屋には絶対に並んでいないような可憐な花、どうやってこの形に…と思うような不思議な形の葉っぱ、どきりとするような色彩の実。東北の大きな蕗の葉を見てはコロポックルの傘だ!と感激し、信州で初めて浦島草を見た際はくさむらからヘビが鎌首をもたげたように見えて驚き、四国の山中で山芍薬の実と出会った際はこの妖艶の権...

むくめく

器が好きで、食器もさることながら花用に良い器はないかと気に掛けている方です。しかしながら「これは!」と思うような物が悩まずに手に入ることは実は少ないのです。妥協をしてはラクチンに阿った己にこうべが垂れ、清水の舞台を飛び降りようとしてははたして勢いだけになっていないかと二の足を踏みはたと身の程を顧みる。買い物は自分との闘いで、反省することが殆どです。そんな中で土器は手に入れやすい部類に入るのですが、...

空の鳥を見よ

空の鳥を見よ。播かず、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父はこれを養ひたまふ。いわんや、汝らにおいてをや。  イエス・キリスト「山上の垂訓」    新約聖書マタイ伝福音書 第6章私には存在価値なんてないんじゃないかしら、と沈んでいた時、かつて友人がこの聖書の一説を送ってくれました。人はそんなに強くはないので、自分が何かの役に立っている事や他者に好かれている事、また、才能なり財なり人脈なりを自信の...

名残りの花

旬には「はしり」「盛り(当期)」「なごり」と三期あります。日本人にはどうしても「ハシリ」を喜ぶ傾向があります。出始めの頃は珍しさと季節の先取りで喜ばれますが、まだまだ「うぶい」のです。また、先取りをし過ぎると珍しさよりも肌にしっくりこない感じがすることもあります。量も質もたっぷりとその物「らしさ」をかもすのは「盛り」の頃で手に入れやすく親しみやすく、いずれも季節の出会いの物ではあるものの、花に限っ...

竹の花入 その3

秀吉の天正18年の小田原攻めの際利休が同行し、その際作ったといわれる竹の花入の「園城寺」を初めて目にしたのは上野の東京博物館ででした。少し、驚いたのです。その当時、私が普段使ったり茶の稽古で見慣れていたような竹花入れよりもかなり大きかったからです。利休が身の丈180cm程の大男だったとどこかで読んで、なるほどなぁ、それも関係あるのかもしれないな、と考えたりもしました。同時に、どのような場所を想定して花入...