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花野の季節

秋野尓 咲有花乎 指折 可伎數者 七種花秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば ななくさの花 万葉集 山上憶良こうして見てみると、万葉集に用いられている「万葉仮名」は、中国語を記すために発明された「漢字」を日本語に転用したいわば借り物なので、ある種のパズルのようだなぁと思います。例えば「八十一」を「くく」と読んだり「嗚呼」で「あ」、「三五月」で「もちづき」と読むなど謎掛けのようなものも...

夜誘花

初秋の夕暮れ時ともなると里山はあれよあれよという間に薄暗さを増し鳥の鳴き声も帰宅を急がせます。街灯に火が燈り、気が急きつつ足早に車へと向かう道すがらはじめてこの花に出逢った時の衝撃は忘れられません。薄暗闇の中でまるで美しい幽霊に出会ってしまったかのような驚きでした。妖艶さと清らかさを併せ持つレースのような稀な姿です。それが、晩秋の山で良く目にする真っ赤な実のカラスウリの花だと知ったのは随分後の事で...

風を切る

最近インスタグラムを始めていろんな方の入れられた花を拝見しています。秋海棠の花が盛りなので、多くの方が使っていらっしゃる中、あ、素敵な感性だな…と思う時は大抵大きな秋海棠の葉っぱが風を切るようにぴっと入っています。普通にぽんと入れると通常は、重力のままに大きな葉っぱの先っぽは下を向きます。秋海棠は明るく優しい雰囲気の花ですが、だらんと下がったままだと浮世の芥を一身に背負ってその重みに耐えかねて肩を...

夏の終わり

 先日、長い旅行から戻ってきて夕闇の中、まずは庭を見遣ると時々酷い雨が降りはしたようなのにこの夏の熱波で焼き尽くされたかのような草々に迎えられスーツケースを投げ出して慌てて水を遣りはじめました。蓮鉢の中はどれもこれも干上がる寸前でドボドボと勢いよく水を入れているにもかかわらず全ての鉢を満たす頃には日が沈み全身に汗がにじんでいました。生き物の世話をしている者が家を空けるのは大変なことです。動物であれ...

旧盆の候

わたくしの生家は山深い禅寺で東の方に回ると眼下に集落を見下ろせるような小高い丘の上にありました。幼い時分は寺の中に夜になると恐ろしく思える場所がそこここにありました。夕飯の後、寺の端の書院の隣の部屋にあるピアノを練習した後はどこにも眼もくれず韋駄天のように主屋に走って戻りました。夜中の仏像の玉眼は怖いのです。ある夜、若い女性二人がご挨拶にみえていました。大学の夏休みで帰省中だったのだと思います。ひ...

狗尾草物語

日常生活にふんだんにあり見慣れている物ほど、人の目はそれを空気の如く扱う傾向にあります。どこにでも生えている雑草はその最たるもので、それを「花」として器にいれるとなると「こんなどこにでもあるものをわざわざ?」と感じる方が多いのではないかとも思います。「花」は都会を離れれば離れるほど非日常であることが求められがちです。ご馳走扱いです。本物の大自然が日常の中にあふれている処に住むとそこを特別に注視し、...

風の松原

青森の黄金崎に向かう道中どこか寄り道をしたく思っていたところ、能代のお寿司屋さんで風の松原の話題になりました。風の松原は東西の幅1km、南北に14kmの広い土地に700万本もの黒松が松林を形成していて砂防林としては日本最大です。日本五大松原にも数えられていて秋にはきのこ狩りも楽しめるのだそうです。古くから能代の海岸は砂による被害の大きな土地でした。家屋も農地も強い海風による飛砂で埋没し、川も閉塞してしまう程...

山深いところで育ちましたので海はもう、見るだけで嬉しいのです。紺碧に晴れ渡って凪いだ海だけでなく、風が強く白波が立ち帽子が飛ばされそうな日も小雨降る鈍色の海も広々とした海というだけで見入ってしまいます。太宰治の「海」という短いエッセイには子供の頃に初めて海を見た感動から始まることが綴られています。戦火の元三鷹の家は焼かれ、その後疎開した妻の実家の甲府の家も焼かれ、いつ死ぬともわからない中で幼い娘に...

個性をいかすこと その2

野山で咲いている草花は均等に栽培されて花屋で売っている花とは異なり一本一本がすべて違って個々に特徴があります。数人で里山を歩いている際、誰かが素晴らしい枝を手に取ったとして、皆がその枝に目が留まるわけではありません。惹かれる草花も好みの枝の曲がり具合も人それぞれで、同じあぜ道を歩いていても摘んでくる草花に既にその人らしさが溢れ出ています。 摘んできた草花の個性のあり方はその形状ばかりではありません...

個性をいかすこと その1

花を入れる際に「個性を大事に」と言うとその人の個性を花のいけ方に反映することのように思われるかもしれません。しかし、それはちょっと違います。花合わせや器と花の合わせ方に既にその人の個性は反映されているので器に花を留めていく際には「無私」が正しい姿勢です。人の思惑はいりません。エゴイズムは徹底的に排除すべきです。具体的にはどういうことかというと、「植物の個性」をしっかり見極めてそれを最大限いかすこと...

About me

Hi, there.

auther: えるて
  東京近郊の山里で採取した野の花や
都心の小さな庭の草木から
季節を切り取ります。
時折、食卓の話題や
日々のよしなしごとも。